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熊本地方裁判所 昭和39年(ワ)248号 判決

原告 坂本栄子 外三名

被告 宮本和博

主文

被告は、原告坂本栄子に対し金三〇万円を、その他の原告に対して各三二万円づつを、それぞれ右各金額に対する昭和三九年六月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を附加して支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

一  原告ら、主文と同旨の判決を求める。

二  被告、「原告らの請求はいずれも棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める。

(原告の請求原因)

一  原告坂本栄子は訴外坂本実の妻、原告坂本成弥、同坂本道彦、同坂本謹三郎はいずれも同訴外人の子である。

二  被告は昭和三九年一月八日午後八時頃自動二輪車(熊う〇〇九一号)(自動車損害賠償保障法第三条にいう「自動車」にあたる車である)を運転して熊本市春竹町一〇三六番地先交さ点を通行中、同交さ点を横断歩行中の訴外坂本実に右自動二輪車の前部を衝突させて道路上に転倒させ、よつて、同人をして頭蓋内出血のため同日午後九時一〇分頃熊本市本荘町二三一番地杉村病院において死亡するにいたらせたものである。

よつて、被告は自動車損害賠償保障法第三条により右交通事故により生じた左記損害を賠償すべき義務がある。

三  損害額について。

(一)  前記訴外人の受けた財産的損害(得べかりし利益の喪失)。

右訴外人は終戦前長期間にわたり刑務官を勤めていたことがあつたので死亡当時その恩給を受給しており、また昼間は地金商を営み、夜はガソリンスタンドの夜警員をしていたが、その収入額は次のとおりである。

(イ) 恩給  年額 五万円

(ロ) 地金商 年額二四万円

(ハ) 夜警員 年額一八万円

合計 年額四七万円

そして、同人の生活費は多く見積つても月額七、〇〇〇円、年額八万四、〇〇〇円であつたから、これを前記収入から差引いた利益額は最低三七万円であり、同人は死亡当時五八才であつたが、以後六五才まで七年間は優に稼働して右の利益をあげることができたものであつて、その総額は二五九万円となり、これをホフマン式計算法で死亡時の価額に換算するとその額は一九〇万をこえる。従つて、右訴外人は右額の得べかりし利益を喪失した損害を受けたこととなり、同人は被告に対し右額の損害賠償請求権を有することとなり、これを各原告が相続するので、右損害額のうち一〇〇万円を各原告の相続分によつて分割すれば、原告坂本栄子は三四万円、その他の原告は一人あたり二二万円となる。

しかし、原告坂本栄子は恩給を受給していた夫の前記訴外人の死亡により遺族扶助料として恩給の半額(年額二万五、〇〇〇円)を同人の平均余命七六才まで一八年間支給されることとなり、その総額は四五万円、これをホフマン式計算法により右訴外人の死亡時の価額に換算すると二四万円となるから、これを右原告の取得した損害賠償債権額三四万円から控除すると一〇万円となる。

(二)  原告らの精神的損害

訴外坂本実は原告らにとつてはかけがえのない夫であり父であつて、これを一夜の看護もなすことなく喪失した精神的打撃は筆舌に尽しがたいものであつて、その精神的苦痛は、原告坂本栄子に対しては金二〇万円、その他の原告に対しては一人当り金一〇万円づつの慰謝料をもつて償わるべきものである。

四  よつて、被告に対し、損害賠償として、原告坂本栄子は金三〇万円、その他の原告はそれぞれ三二万円づつ、および各金額に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三九年六月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を請求するものである。

(被告の答弁)

一  原告主張の請求原因第一項の事実は不知。

二  同第二項中、被告運転の自動二輪車が自動車損害賠償保障法第三条にいう「自動車」であることは認めるが、被害者の死因の点は不知。

三  同第三項の事実はすべて不知。

(被告の主張)

一 本件事故はもつぱら訴外坂本実の過失によるものであつて、被告にとつてはまつたく不可抗力の事故であつたから、被告は右事故による損害を賠償すべき義務はない。すなわち、右訴外人は酒に酔つて大胆となり、突如被告運転の自動二輪車の前方に入つてきて、みずから右車の後部側面に衝突したものであつて、被告はこれを避けるため懸命にブレーキを踏んだが及ばなかつたものであり、従つて、右事故は被告にとつて不可抗力であつて過失はなかつた。

二 仮りに被告に右事故により生じた損害を賠償する義務があるとしても、被告は原告らに対し金一万円を支払い、その他三、〇〇〇円相当の茶菓を提供しているから右金額は前記損害額から控除さるべきものである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一  原告坂本栄子が訴外坂本実の妻であり、その他の原告はいずれも同訴外人の子であるとの原告らの主張事実については、被告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二  また、原告ら主張の、被告が昭和三九年一月八日午後八時頃自己所有の自動二輪車(これが自動車損害賠償保障法第三条にいう「自動車」にあたる車であることについては当事者間に争いがない)を運転して熊本市南熊本駅通りを北進中、同市春竹町一〇三六番地先新道交さ点において歩行中の訴外坂本実に右車を衝突させ、よつて同人をして同日午後九時一〇分頃同市本荘町二三一番地杉村病院において死亡するにいたらせたとの事実についても被告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

三  これに対し、被告は、本件事故の原因はもつぱら前記訴外人の過失によるものであつて、被告にとつては不可抗力によるものであつた、すなわち、右訴外人は酒に酔い大胆となつて突如として被告運転の車の進路前方に入つてきて、むしろ同人の方から右車に衝突したものであると主張するので判断する。

成立に争いのない甲第二号証の三(原告坂本栄子供述部分)、同号証の四(秋月孝行供述部分)、原告本人坂本栄子尋問の結果によれば右訴外人は当時胃が悪く医者から注意をうけており、酒は飲まないようにしていたこと、また当時は風呂に行く途中事故にあつたものであるが、同人は酒を飲むと風呂には行けないたちであつたこと、従つて当時酒は飲んでいなかつたことが認められ、右認定に反する甲第二号証の四(宮本義男、白川悟の各供述部分)、同号証の六、七、八(各被告供述部分)中の坂本実に酒の匂いがしていた旨、酒の匂いがしていたと看護婦から聞いた旨の各供述記載部分、証人宮本義男、同白川悟の同様証言部分は前記認定事実に照らして信用できない。他に右訴外人が酒に酔つていたこと、あるいは同人に過失があつたことを立証するに足る証拠はない。

むしろ、成立に争いのない甲第二号証の三、四、五、六、八、九(たゞし同号証四、六八については前記信用しない部分を除く)証人白川悟の証言(前記信用しない部分を除く)を総合すれば次の事実が認められる。すなわち、被告は前記日時場所において前記自動二輪車を運転して進行中、同所付近は夜間の照明設備も十分でなく、しかも前照灯を下向きにして進行していたため前方の見とおしが十分にきかない状態にあつたにもかゝわらず時速約四〇キロメートルで進行し、前記訴外人が、同交さ点を左から右へ横断歩行しているのをそのてまえ約七・二メートルの地点にいたつてはじめてこれを認め、危険を感じてこれを避けるべくハンドルを右に切つて急制動の処置をとつたが及ばず、右車の前部を同人に激突させて同人を道路上に転倒させ、よつて頭蓋内出血のため同日午後九時一〇分頃前記病院において死亡させたことが認められる。右の事実によれば、被告は夜間照明設備の十分でないところで前照灯を下向きにしていたので前方の視界が闇のため十分にきかない状態にあつたのであるから、そのような場合、自動車運転者としては視界のきく範囲内に人影を認めた場合、たゞちに急制動その他の適宜な処置によつてこれとの衝突事故を未然に防止できるような速度と方法で進行すべき義務があつたにもかゝわらず、これを怠つて後部荷台に訴外白川悟を乗せ、漫然時速約四〇キロメートルの速度のまゝ進行した過失により右事故を惹き起したものと考えられる。また前照灯を下向きにした場合でも、とくにその性能について欠陥がないかぎり(本件右自動二輪車の前照灯についてもとくに欠陥がなかつたことは成立に争いのない甲第二号証の七によつて認められる)通常少くとも三〇メートルくらいは照射できるものと認められる(道路運送車両の保安基準(昭和二六年運輸省令第六七号)第三二条第二項第三号によれば、前照灯は照射方向を下向きにして照射したとき夜間前方三〇メートルの距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有するものでなければならないものとされている)が、同所は直線の、しかも広い道路であり(車道部分の巾が二一・六メートルある)、しかも衝突地点は交さ点のほゞ中央部付近であつたこと(以上の事実は成立に争いのない甲第二号証の五によつて認める)からみれば、被告としては三〇メートルてまえからでも容易に被害者を発見することができたと考えられるにもかゝわらず、被告は被害者のてまえ約七・二メートルの地点にいたつてはじめてこれを認めているのであるから、被告は前方注視義務をも怠つていたものといわねばならない。

よつて被告の右不可抗力によるものであるとの抗弁は理由がなく、結局、被告は右事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

四  次に、右事故による損害額について検討する。

(一)  まず訴外坂本実について生じた財産上の損害(得べかりし利益の喪失)について。

原告本人坂本栄子尋問の結果によれば、右訴外人は終戦前長期間にわたつて刑務官を勤めていたので、死亡当時年額五万円の恩給を受給していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして同人は右事故による死亡によつて右恩給を受給できなくなつたものである(恩給法第九条)。

また、成立に争いのない甲第三号証と証人小林浅一の証言によれば、右訴外人は昭和三八年九月一一日から死亡した翌三九年一月八日までガソリンスタンドの夜警員をしていたが、その間給料を次のとおり得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

昭和三八年 九月分(九日勤務)    四、六八〇円

〃   一〇月分(二四日勤務)  一二、四八〇円

〃   一一月分(二九日勤務)  一五、〇八〇円

〃   一二月分(二八日勤務)  一四、五六〇円

(酒肴料)     二、〇〇〇円

昭和三九年 一月分(一ケ月分として)一三、〇〇〇円

よつて、同人が全期間勤務した昭和三八年一〇月、一一月、一二月の三ケ月分の給料(たゞし酒肴料を除く)の平均を求めると一ケ月一万四、〇四〇円となり、年額にすると一六万八、四八〇円となる。従つて、右訴外人が死亡しなければ夜警員として右の収入を得ることができたものである。

また、右訴外人が死亡当時地金商をしていたことは証人岩下扶の証言、原告本人坂本栄子尋問の結果、成立に争いのない甲第三号証の二ないし四によつて認められるが、当時その収入がどれほどあつたかについては明確にこれを認めるに足る証拠はない。しかし原告本人坂本栄子尋問の結果によれば、右訴外人の全収入(恩給および夜警員としての収入も含む)の中から妻の原告坂本栄子に月平均二万五、〇〇〇円くらい手渡していたこと、また右妻が交付を受けた右金額の中から右訴外人の生活費に支出していた額は多くても月五、〇〇〇円くらいであつたこと、また同訴外人は妻に交付しない金額中から交際費、食費の一部等相当額支出していたことが認められ、(右認定に反する証拠はない)その額については明らかでないが、原告らは同訴外人の生活費は月額七、〇〇〇円であると主張しているところからみると、同人が妻に交付しない収入の中から支出する交際費、生活費は少くとも月額二、〇〇〇円はあつたものと認めることができる。従つてこれから逆算すると次の計算によつて地金商としての収入は少くとも年額一〇万五、五二〇円となる。

25,000円+2,000円 = 27,000円

(27,000円×12)-(168,480円+50,000円)= 105,520円

以上右訴外人の全収入から生活費、交際費等の必要経費を差引いた収益額は次の計算によつて年額二四万円となる。

50,000円+168,480円+105,520円-(7,000円×12)= 240,000円

そして、証人小林浅一、同岩下扶の各証言、原告本人坂本栄子尋問の結果を総合すると、右訴外人は死亡当時五八才であつたこと、同人の健康状態、職種、勤務状況等からみてその後六五才まで七年間は稼働して前記収益をあげることができるものと認められ(右認定に反する証拠はない)、その間の得べかりし利益は一六八万円となるが、これをホフマン式計算法(複式)により同人の死亡時の現価に換算すると一四〇万九、八四二円〇六銭(銭未満四捨五入、以下の計算においても同じ)となる。恩給は右訴外人が生存しておれば死亡までの平均余命年間(厚生省発表第一〇回生命表によれば一六、三五年である)は受給しえたはずであるが六六才以後は稼働による収入(地金商、夜警員としての)がなくなる結果生活費(月額七、〇〇〇円、年額八万四、〇〇〇円)が収入を上まわり、得べかりし利益はなくなることとなる。

次に被告は現金一万円と茶菓三、〇〇〇円相当を原告らに交付したので、これは損害額から控除すべきであると主張するが、証人宮本義男の証言、原告本人坂本栄子尋問の結果によれば、被告は香典として金一万五、〇〇〇円と若干の供物としての果物・菓子類を原告らに贈つたことが認められる(右認定に反する証拠はない)が、香典や供物はその性質上財産上の損害を賠償するためのものではないから、これを前記損害額から控除することはできない。

そして、各原告は右訴外人の前記損害賠償債権を相続したものであるからこれを各相続分に応じて分割すると次のとおりとなる。

原告坂本栄子  四六万九、九四七円三五銭

その他の原告 各三一万三、二九八円二三銭

次に、原告坂本栄子は恩給を受給していた夫の死亡により遺族扶助料年額二万五、〇〇〇円を受給することとなつたことを自認する。右遺族扶助料は被害者に生じた利益とはいえず、右原告が独自の立場で受給するものであるから右利益を被害者の損害額と損益相殺すべきでないものとも考えられるが、普通恩給は恩給権者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても同一の機能を営むものであるから、恩給権者の死亡によりその遺族に対する損失補償ないし生活保障の目的をもつて支給される遺族扶助料とはその目的を同一にするものであり、従つて遺族扶助料は恩給権者の死亡による受給権の消滅とともに遺族に支給されるもので、両者は法律上併存できないたてまえになつているものである。そこで原告坂本栄子が相続した前記損害賠償債権額の中には前記訴外人の恩給を受給できなくなつたことによる損害額が含まれていることは明らかであるから、もし右遺族扶助料額を右額からまつたく差引かないとすれば、右原告にとつては恩給と遺族扶助料の二重取りを認められるに等しいこととなつて不合理であるから、不法行為による損害賠償額の範囲を定めるにあたり依拠すべき衡平の理念からみても、右原告が取得した損害賠償債権額のうち恩給受給利益の喪失による部分は右遺族扶助料額の限度で減縮されるものと解するのが相当である。ところで右原告が取得した損害賠償債権額中の恩給受給利益の喪失による部分の額は次の計算によつて(生活費は各収入から均等の割合で支出されるものとして計算)算出した七万二、五八四円四七銭となり、

469,947.35円×50,000/324,000 = 72,584.47円

他方、右期間(稼働期間七年間)における遺族扶助料額は合計一七万五、〇〇〇円となり、これをホフマン式計算法(複式)により前記訴外人死亡当時の額に換算すると一四万六、八五八円五五銭となり、右原告の恩給受給利益喪失による損害額よりも多くなるから、結局右原告は右恩給受給利益喪失による損害部分については全額控除されることとなる。従って右原告の被告に対して有する財産上の損害賠償額は結局三九万七、三六二円八八銭となる。

以上認定したところによれば、結局原告らの各財産上の損害賠償額はいずれも前記認定額を超えず正当と認められる。

(二)  次に、原告らの受けた精神的苦痛に対する慰謝料について。

訴外坂本実は原告らの夫であり、父であつたことは前記認定のとおりであり、これを一夜の看護もなすこともなく不慮の事故により喪失したことによる原告らの精神的打撃が甚大であつたことは容易に推認でき、原告本人坂本栄子尋問の結果によれば、原告栄子は右訴外人とは結婚以来三一年もの間生活を共にしてきたものであり、その他の原告らも、右訴外人死亡当時は一応成人して独立して生計を立てていたとはいえ、当時まだ二八才から二二才までであり、生活に十分に安定していたとは考えられず、しかも、右訴外人の収入に依存していた母(原告栄子)を扶養しなければならなくなつたことなどが認められ、右のように精神的、経済的に原告らの大黒柱ともいうべき右訴外人を失つた精神的苦痛は、成立に争いのない甲第二号証の七によつて認められる被告の年令(当時まだ高校三年であつた)財産状態(現在就職してはいるが、同人所有の財産はない)等の事情、その他記録上認めうる一切の事情を考慮しても、なおその慰謝料の額は、原告栄子に対しては金二〇万円、その他の原告に対しては金一〇万円とするのが相当であると考える。

五  以上判断したとおり、原告らは被告に対し前記損害賠償債権を有するので、右の範囲内において原告坂本栄子に対し三〇万円(財産上の損害一〇万円、慰謝料二〇万円)、その他の原告らに対し各三二万円(財産上の損害二二万円、慰謝料一〇万円)およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが明らかである昭和三九年六月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの本訴各請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤寛治 高橋金次郎 綱脇和久)

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